私のドリカム 何でもできる強いパワーがどんどん湧いてくるよ






買っちゃった





CD買うのは久しぶり




音楽を聴く



ずいぶんそのことから


離れていた




DREAMS COME TRUE/DREAMS COME TRUE THE BEST!私のドリカム

¥2,937
楽天






ドリカムと出会ったのは高校生だった






衝撃だったよね




うれしい たのしい 大好き



って





うれしい 楽しい 大好き








うれしい たのしい だいすき




もうこれがすべて




これがすべての基本



これがなければはじまらないし
続かない




うれしい たのしい だいすき








苦しい 悔しい 悲しい


っていう気持ちを卑下するわけじゃない



確かに 大事な気持ち



大事な気持ち







でもね~




うれしい たのしい 大好き


には敵わないな~





何でもできる強いパワーがどんどん湧いてくるよ












洗濯物干しながら

鼻歌









お茶碗洗いながら

鼻歌







自転車かっとばしながら

鼻歌








{1D4FE63B-F3CB-469F-BC1E-C41FCF74E6E4}














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ほんとのこと言うと



ドリカムの悲しい歌



大好き





す き





愛してる 愛してた






三日月





もしも雪なら






忘れないで



disc2 いいわあ













あめゆじゅとてちてけんじゃ



ふと


たろうの机の上にある

高校の国語の教科書を


パラパラとめくっていて


この詩に久しぶりに会い



なんだか揺さぶられる



揺さぶられる


どころか



泣きそうになる




泣きそうになる


どころか




泣く



{464DD2EE-DD7A-4D93-82EF-0FDF884B90DB}












もう

分かっているんだよね


目の前にいる妹がもう、死んでしまうと分かっている



その妹が



あめゆじゅとてちてけんじゃ





アメミゾレ、トッテキテ



と頼む、それは、このあと、この兄が苦しまないように、救いのために、妹は兄に頼むのだと宮澤賢治は知っている











あめゆじゅとてちてけんじゃ


おらおらでしとりえぐも


こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる











いったい

17歳男子はこの詩に会い

なにを感じるのだろう?





死ぬことなんか

ずっとずっと先のこと過ぎて

考えたこともないだろう、たろうよ




遥か昔、17歳だったわたしも

死ぬことなんか

まったく身近じゃなかった


自分のこととして考えること、できなかった




今でも、むずかしい



でも、少なくとも17歳だったわたしよりは


知っている






いつなにが起きるかわからない世の中だってことは

知っている













17歳がなにを感じるのか・・・











以下引用










永訣の朝


宮澤賢治






けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨いんさんな雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜じゅんさいのもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀たうわんに
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛さうえんいろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系にさうけいをたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ





今の自分、カッコいいか

今の自分、カッコいいか





今の自分、カッコいいか


これは


毎朝、トイレにはいるたんびに
自分に問いかけることばです



トイレに貼ってあるんです

今の自分、カッコいいか


これは


朝日新聞の記事の切り抜きです









{D155E2FB-01F6-4E3F-990F-42637B50C131:01}










数年前、大津のいじめによる自殺があったとき

朝日新聞で

いじめを見ている君へ

いじめられている君へ

いじめている君へ


それぞれのタイトルで

いろんな人がメッセージを載せていたのですが

そのときの

舞踏家 田中泯(たなかみん)さんのことばです




これがほんとに
しびれるいいことばで
毎朝
じぶんに言い聞かせています





以下


全文引用します




「今の自分、カッコいいか」
(朝日新聞 2012年7月20日)



最初に断っておくが、いじめは子どもの責任じゃない。大人の責任だ。

大津の問題では、自殺から9カ月が過ぎたというのに、今ごろ大人たちはバタバタしている。学校も教育委員会も警察も自分に都合のいいことばかり言う。

君は、大人の「見せかけの本音」を見抜いているだろう。言い訳で身の回りを固めた大人たちの姿をカッコ悪いと思うだろう。

でもね、大人だって、かつては子どもだったんだ。君だって大人になるんだよ。ある日突然、子どもを卒業して大人になるわけじゃない。今の君の生き方が大人の君をつくるんだ。

今、君がいじめを見て見ぬふりをしているなら、大人になった君もきっと傍観者だ。面倒な問題とは無関係な安全地帯に身を潜めるだろう。それでいいのか。

僕も小学校時代にいじめられた。背が低く、どもりもあったからかな。土に埋められ、砂も食わされた。誰も助けちゃくれない。でも逃げ場はあった。川や森に逃げ、独りで過ごした。

協調性ばかりが求められる世の中だけど、僕は孤独が大事だと思う。誰にも見られていないときにこそ、本当の自分がいるんだ。

君は親や先生や友達のまえではカッコよくふるまうだろう。でも、周囲に知人がいない孤独なときにこそ、カッコよく生きてほしい。僕が思う「カッコいい」の意味は、自分の生きている理由を自分で考え、自分の意志で行動できることだ。

孤独なときに考えてごらん。今の自分がカッコいいかどうか。どんな大人になりたいのか。いじめられている友達の顔も思い浮かべてごらん。そこで考えた結論が、「大人の君」を決定づけるかもしれない。







(引用ここまで)

朝日新聞デジタル版に載ってます こちら






わたしは子どもの頃、
誰もいないときに


「誰かが見ている」



という感覚がありました






だいたいなんか悪いことをしようとした時です

つまみ食いをしようとしているとき
とか
母親のドレッサーの引き出しを開けて見ようとしてるとき
とか




「きっと
わたしのことは
誰かが見ているんだ」





その誰か

って言うのは誰かというと
「神様」
が感覚的に近いと思う





どこかの宗教を信じているとかそういうわけではないけれど

「神さまがきっと見ている」
っていう感覚





だから悪いことをしないのかというとそういうわけでもないんだけど





でも


きっといま
自分は見られている



という感覚はあった






幼稚園くらいからその感覚はあったように思うし
小学生くらいでも
「神さまが見ているから」
という感覚はあった







大人になって
薄れてしまったけれど

この新聞記事を読んだとき



ものすごく

ハッとしたんだよね


誰にも見られていないときにこそ
本当の自分がいる

自分の生きる意味を考え続け

そして

カッコよくありたい




これは

いじめの問題だけでなく


生き方の問題として

普遍なものだと確信したのね










そしてなぜ
この切り抜きを何年もずっとトイレに置いているかと言うと

自分がいつも
「今の自分、カッコいいか」

自分に問い続けたいのもあるし

家族も
「今の自分、カッコいいか」という言葉を
毎日
目の触れるところで
感じてほしいから


見てないかもしれないけど

そいういうわけ





今の自分、カッコいい?















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「そこに込められた運動」は絶対に人に伝わる by 山上亮




ひとつ


あらわしたい


もの


がある











的確に


適当に


いちばんおさまりのいいことばで




表したい











でも

もやもやとしていて



難しい


明確なイメージはある








それは


身体的なものを


伴っているので



実は強烈なイメージだ









だけど

そのイメージを



ことばにするのは

難しい









やってみた


でも

違う









違うのは分かる






こうじゃない


こうじゃない















しゃべると


分かってくれる人は分かってくれる



でも



ことばにしたい










難しい





ふと




山上亮先生の過去記事を


あさったら



こんな記事に出会った(こちら

















以下引用




「イヤなことをイヤだと言う」とか、
「やりたいことをやりたいと言う」とか、
そういう「言葉」による直接的な表現が
シンプルで素直な「人間の子どもの表現」だとしたら、
もっと高められた表現にしていくのが
「人間の大人の表現」であり、
「芸術」なのだ。


言葉はもっとも抽象化されているから、
イヤなことを「イヤだ」と言ったときに、
どれだけ自分がイヤだと感じているかというその「イヤさ」は、
本当にすべてなんて表現し切れない。

だって「イヤ」なんていうのは、
もっとこう生々しくて身悶えするような、
そういうものだろう。


この私の「イヤさ」を、
もっとそのまんま具体的に表現したいという思いが、
「イヤ」に突き動かされる手や足や内臓や、
あるいはそれを感じる感情や、
それを見つめる思考までもフル活用して、
表に現していくのだ。


それがどれだけ悩み抜かれているか、
深みにまで至っているか、
高みにまで上っているか、
あるいはきめ細かくすくい上げているか、
大きく引き受けているか、
そういったそこに込められた「運動」が、
表現の圧倒さにつながって、
人の心やからだに響くのだ。


「そこに込められた運動」は絶対に人に伝わる。
これは私の確信だ。






引用ここまで










そうなの






もっと

生々しくて
身悶えするようなものなの






ほんと
身もだえちゃう





その身悶えするようなこのイメージを


ぴったりとしたことばに置き換えたい







それがどれだけ悩み抜かれているか、

深みにまで至っているか、

高みにまで上っているか、

あるいはきめ細かくすくい上げているか、

大きく引き受けているか、




これが


足りないんだろう






そうだ

運動が足りないのだ








もっともっと



運動することによって



届いてほしい人に


届いてほしい









そうすれば


絶対



伝わる











高速回転だ







{656EEFE5-EB1F-41A0-8C9A-4AD3A741EE7F:01}

(写真はイメージです)
















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ひとつ


あらわしたい


もの


がある











的確に


適当に


いちばんおさまりのいいことばで




表したい











でも

もやもやとしていて



難しい


明確なイメージはある








それは


身体的なものを


伴っているので



実は強烈なイメージだ









だけど

そのイメージを



ことばにするのは

難しい









やってみた


でも

違う









違うのは分かる






こうじゃない


こうじゃない















しゃべると


分かってくれる人は分かってくれる



でも



ことばにしたい










難しい





ふと




山上亮先生の過去記事を


あさったら



こんな記事に出会った(こちら

















以下引用




「イヤなことをイヤだと言う」とか、
「やりたいことをやりたいと言う」とか、
そういう「言葉」による直接的な表現が
シンプルで素直な「人間の子どもの表現」だとしたら、
もっと高められた表現にしていくのが
「人間の大人の表現」であり、
「芸術」なのだ。


言葉はもっとも抽象化されているから、
イヤなことを「イヤだ」と言ったときに、
どれだけ自分がイヤだと感じているかというその「イヤさ」は、
本当にすべてなんて表現し切れない。

だって「イヤ」なんていうのは、
もっとこう生々しくて身悶えするような、
そういうものだろう。


この私の「イヤさ」を、
もっとそのまんま具体的に表現したいという思いが、
「イヤ」に突き動かされる手や足や内臓や、
あるいはそれを感じる感情や、
それを見つめる思考までもフル活用して、
表に現していくのだ。


それがどれだけ悩み抜かれているか、
深みにまで至っているか、
高みにまで上っているか、
あるいはきめ細かくすくい上げているか、
大きく引き受けているか、
そういったそこに込められた「運動」が、
表現の圧倒さにつながって、
人の心やからだに響くのだ。


「そこに込められた運動」は絶対に人に伝わる。
これは私の確信だ。






引用ここまで










そうなの






もっと

生々しくて
身悶えするようなものなの






ほんと
身もだえちゃう





その身悶えするようなこのイメージを


ぴったりとしたことばに置き換えたい







それがどれだけ悩み抜かれているか、

深みにまで至っているか、

高みにまで上っているか、

あるいはきめ細かくすくい上げているか、

大きく引き受けているか、




これが


足りないんだろう






そうだ

運動が足りないのだ








もっともっと



運動することによって



届いてほしい人に


届いてほしい









そうすれば


絶対



伝わる











高速回転だ







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昨日この人が何をいったかに捕われず、今日何をいおうとしているかを聞こう by松谷みよ子







松谷みよ子さんの言葉です。




(以下引用)



昨日この人が何をいったかに捕われず、

今日何をいおうとしているかを聞こう、


私はそう思った。

十代の終わり頃のころである。



(引用ここまで)




 わたしの暦1989年2月20日 松谷みよ子 筑摩書房
より
松谷みよ子全エッセイ(1)







この人はこう言ったから

もう
許さない








言われた言葉に
こだわり続ける





それを言っちゃあ
おしまいよ





って
もう、あの人の言うことには耳を貸さない






って

自分の中で
おしまいにしちゃう










そんなことを
わたしも
何人かの人に対して
してました













松谷さんのこの言葉を読んだとき








自分で
どんどんせばめていたんだな


って
思いました





昨日この人が何をいったかに捕われず、

今日何をいおうとしているかを聞こう、










これは

「強さ」

だと思います。







人間としての
「強さ」














それを
わたしも
持ちたい















{E3252E1F-90AF-4269-94CA-E91114FD533B:01}













(2012年8月の過去記事をお引っ越し)
















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昨日この人が何をいったかに捕われず、今日何をいおうとしているかを聞こう by松谷みよ子







松谷みよ子さんの言葉です。




(以下引用)



昨日この人が何をいったかに捕われず、

今日何をいおうとしているかを聞こう、


私はそう思った。

十代の終わり頃のころである。



(引用ここまで)




 わたしの暦1989年2月20日 松谷みよ子 筑摩書房
より
松谷みよ子全エッセイ(1)







この人はこう言ったから

もう
許さない








言われた言葉に
こだわり続ける





それを言っちゃあ
おしまいよ





って
もう、あの人の言うことには耳を貸さない






って

自分の中で
おしまいにしちゃう










そんなことを
わたしも
何人かの人に対して
してました













松谷さんのこの言葉を読んだとき








自分で
どんどんせばめていたんだな


って
思いました





昨日この人が何をいったかに捕われず、

今日何をいおうとしているかを聞こう、










これは

「強さ」

だと思います。







人間としての
「強さ」














それを
わたしも
持ちたい















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(2012年8月の過去記事をお引っ越し)
















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こちらこそありがとう 松谷みよ子さんのことばより その3 



松谷みよ子さんのことばより

(松谷みよ子ラブ)





日本中の「モモちゃん」にヨロシク







私はほっとする。

深い森を手さぐりで歩いたけれど、

ふりむけば子供は、

ちゃんとわかって目を輝かせていてくれる。


とはいえ、

多くの幼い子をその森へ連れていくのは、

母親やおとなの力に負うことが多い。








本を与える、

よみきかせる、

そうした手が加わって、

子供たちは本と出会い、

創造の森へ遊ぶことができるのである。











そこに思いをはせると、

私は誰にともなく、

心から御礼を申し上げたいと思うのである。












松谷みよ子全エッセイ1 わたしの暦1989年2月20日  筑摩書房より
















いえいえ

こちらこそ


松谷みよ子さん、ありがとう




感謝してもしきれないくらい









だって
いないいないばあ

この世に生み出してくれた







やまんばのにしき







モモちゃんとアカネちゃんシリーズ







のせてのせて









松谷さんがいなかったら





私たちは出会うことができなかったわけだから










いないいないばあ改版

いないいないばあ改版
著者:松谷みよ子
価格:756円(税込、送料込)
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やまんばのにしき

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著者:松谷みよ子
価格:1,080円(税込、送料込)
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ちいさいモモちゃん

ちいさいモモちゃん
著者:松谷みよ子
価格:1,188円(税込、送料込)
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のせてのせて

のせてのせて
著者:松谷みよ子
価格:756円(税込、送料込)
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いないいないばあ
のない
赤ちゃんとの生活なんて考えられない













本を与える、
よみきかせる、
そうした手が加わって、
子供たちは本と出会い、
創造の森へ遊ぶことができるのである。













松谷さんは
わたしたちへ
思いをはせてくれている、ちゃんと






それがうれしい










そうだよね

せっかくこんな素晴らしい絵本も
ただそこにあるだけではだめ







おとなが
橋渡しをしてあげないと
こどもは出会うことがないまま
大きくなってしまう













それはなんてもったいないこと











これからも
こどもと手をつないで
創造の森を進んでいこう












{E0A6E96D-91DE-48A3-AB75-F69F8D0D38DD:01}





こどもと絵本のある生活を楽しまなきゃもったいないね








松谷みよ子さんを追悼する日々












(2012年11月の過去記事を引っ越しました)







自己紹介

おせっかいなおばさん

Author:おせっかいなおばさん
どんな絵本を読もうが勝手

絵本なんて読んでも読まなくてもいい

それなのに

おせっかいに

言いたくてたまらない

絵本のある子育てのこと

「誰でもいいから、この子、育てられるもんなら育ててみてよ」って

子育て放棄しかたかったわたしが

だめな母さんであるわたしが

どんなに絵本に助けられたか

なくても育つ

でも

あったほうがいい

お越しいただきありがとうございました
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